天上の海・掌中の星 “秋色の空、秋色の…” A
 



          




 まあともかく、ひとまずは落ち着きなさいと。懐ろに抱えてたそのまんま、お顔もお胸もお腹も全部全部。こっちの胸元へぴっとりと伏せさせるようにして抱き寄せれば、素直にされるままになってた坊や。ゾロが怒らせた訳ではないのだし、ルフィが何かしでかしての開き直りって訳でもない。誰も、どっちも悪くはないのに、なんでまたこんな気まずい空気になるかな、と。まだまだ、微妙な機微というものへ、ルフィ坊や以上に慣れがない破邪様、すっかりと戸惑っておいでだが。それでも、

  「………あのな?」

 ルフィが少しずつ語ってくれたお話へは、真摯なお顔で耳を傾ける。それによると…こちらも結構盛況な、市立V高校の文化祭には、昨年のお話でもちらりと触れた“バレーボール部の特製手打ちそば”のような、毎年恒例の目玉ブースもあったりし。OBや先生方有志が持ち寄った品々を販売する“チャリティバザー”や、家庭科部料理班・伝統の味“招き猫型人形焼き”の屋台などがそれなのだが、そういうのとは逆に………。毎年、案だけは提出されるも必ず大反対にあって実現しないままになっている生徒会企画に、ミスV高コンテストというのがあり、
「女子を見世物にして媚を売らせるなんてとんでもない。男子の勝手で無責任な判断基準で、いい加減な順位がつけられるだけなのに違いないんだし。そもそも見た目だけで人に順位をつけるなんて、以っての外だ…って。」
 必ず女子や先生方からの反対意見が出ては、人の尊厳に関わること、何も学校の行事の中でやらずともと、没となるのだそうで。そこはさすが、公立の学校というところだろうか。
「男の方も“ミスター”だか“ボーイ”だかって名目つけて、同じように選ぶことにすれば良いんじゃないのか?」
「それも毎年出てる反論らしいんだけど。」
 男はあんまり美醜の優劣つけられてもめげないだろ? その代わりに力持ちだとか、勉強が出来て弁舌が立つとか、度胸があって頼もしいとか、姿より能力の評価をされた方がむしろ“男らしさ”は上だってされてるじゃないかって。でもそれじゃあ、女子は? 家庭科が得意でエレガントで優しいとか? そんなの学園祭当日に示しようがないことだし、最近じゃあ家庭的な仕事が得意な男の人だっているのに。女の人だって、料理や掃除は苦手だけど市況とかに詳しくて度胸もあってって見込まれて、バリバリ働いてる人は珍しくないのに。なのに、女子にだけそんな一方的な基準を持って来るのはおかしいだろ? そもそも女性が美人かどうかだけで順位をつけられて来た歴史は古くて、そういうのの切っ掛けは、大概が男が娯楽で思いついたもの。その段階から既に、女の人を男と対等には思ってない証拠であり、悪しき感覚なのだから。町起こしやお祭り騒ぎの場での余興ならともかく、学校行事でやるのは反対だって。女子の方がよっぽど頭良いよなって思うほど完全な理由から、ずっと反対ってことになってたんだ。

  「…お前、そんなややこしいご意見とやら、よく覚えてたな。」
  「ん〜〜〜、俺も勉強でだけでランクつけられたら、やっぱやだもん。」

 ナンバーワンより、オンリーワン。人ってのはそれぞれに、色んな個性や主義を主張をするから面白い…なんてこと、昔っから言われて来たもんだのにね。人はどうしても解りやすい方へと靡
なびきやすいから。綺麗なものは中身も美しかろう、根性がババ色な人はあんなに綺麗な笑い方なんて出来ゃしない…なんて勝手に思い込んでしまう。内面なんてよく知らない、初対面の人ばかりが並んでる中から“一番”を選べなんて言われたなら、尚のこと見た目への好みでしか選びようがないと来て。だから、即日投票のコンテストにしてもいいお題目じゃないっていうご意見には、ルフィくんも大いに賛成であるのらしく、
「その代わりってのもなんだけどサ、今年の学園祭の生徒会出展ブースでは、体育祭で撮った写真の大展示会をするんだって。」
 作品は広く生徒たちから募集する、メモリアムっぽい展示物。学外の人が被写体の場合は、撮影も出展もちゃんとご本人の許可をもらってからで、携帯電話のカメラ機能で撮ったものは不可。その代わり、フィルムカメラやレンズつきフィルム(使い捨てカメラなど)での写真は、写真部が大歓迎のタダで現像も引き伸ばしも承っちゃうぞという、サービス天こ盛りの催しで。最近の携帯マナーの悪さを顧みましょうという運動も兼ねているらしく、作品へ順位をつけるコンクールって訳じゃあないのだけれど、何でだか女子の間で妙に盛り上がってるらしい。というのが、

  「その写真を撮る体育祭での“被写体候補”っていうのにさ。」

 ふっと、口を噤んで言葉を切るルフィであり。言ったものかどうしようか。ためらうような視線が上がったり下がったり。あ〜あ、俺ってどうしてこうも誤魔化すの下手なんかなと後悔しながら、今になって“あ〜う〜”と諦め悪くも口ごもる始末。………つか、話がここまで来れば、大体の見当はつきますよねぇ?
(苦笑) そう、

  「………俺が?」

 今年はまだそんなにも、学校へ足を運んではいませんがと。心当たりがないとばかり怪訝そうに眉を寄せる破邪様だったりするものの、ちょいと恨めしげな上目遣いになったルフィには、もはや効果はないらしい。といいますか。ゾロがアクションを起こしてのことではないのは、ルフィとて重々判っているらしく、
「最初は“たかが写真くらい”って俺だって思ったけどサ。」
 体育祭かぁ、今年もルフィのところのロロノアさん、来るのかなぁ。ああ、あのカッコいい人? ロロノアさんのなら去年の傑作があるんだ。え? どんなの? ねぇねぇ見せてよう…なんて。こっそり撮ってた連中が、そういうの持ち寄っては こそこそって見せびらかし合いとかしててサ。そんな騒ぎがあちこちでこっそり起こってるって気づいてから、何でだか癪で癪でしようがなくなった。写真ったって、隅っこに小さく写ってんのとかピントが怪しいのとか、隠し撮りのばっかみたいだぜってウソップは言ってたけど、そんでも…皆がゾロの写真を持ってるなんてさ。

  「だって、ゾロは俺んだもんっ。」

 お手々をぐうにし、懐ろの中なんていう至近から、何とも情熱的に叫んでいただいたものの、
「………。」
 何ともお返事が返せぬ破邪殿だったりするから、不甲斐ない。
(笑) おイタを叱られてでもいるかのような、そりゃあ神妙そうな…困り顔で、ただただルフィの訴えを聞いており。口下手さんのその心情、強いて言うなら“そ、そうなんですか?”というところかと。だって何もかもが初耳で、迂闊といえば迂闊なことながら、自分へとレンズが向いてたなんて、まったくもって気がついてなかった破邪様で。でもねぇ…。去年は本当に、すったもんだしてたから。そこまで気を回せてたら却って出来過ぎだと思うのですが。
「何でこんな口惜しいのかなって思って、俺こそが、一番のベストショットを持ってるべきなことじゃんよって思ってサ。」
 それでと、携帯や自分のデジカメのメモリを浚ってみたところが、

  「………俺、ゾロの写真てあんまり持ってないんだよな。」

 ウチにある映像ものは…ゾロがカメラを回すんだから当たり前の話ではあるのだが、ルフィを撮ってるものしかなくて。これまで通過して来た、様々な…催しものやら大会やら行楽やらの、そのどれもこれもが“ルフィとその他のご一同”という映し方しかしてはいない。昨年までのなんて“保存用”にと編集されているから尚のこと、カメラを構えてたゾロの声さえ、全く入っていなくて当たり前だったりし。撮った人がいるんだろうなということは、何とか推察も出来ようけれど。どのビデオもDVDも“ルフィが何をしたのか”だけの映像ばかりなので、本人には何だか詰まらないこと、しきりであるらしく。
「ゴールデンウィークに行った箱根旅行のだって、通りすがりの人に頼んで撮ってもらった記念写真以外は、やっぱり俺ばっかしか写ってなかったしっ。」
 そもそもルフィは自分の耳目で実感・体感するのを最優先する性分(たち)であり、カメラで残そう、後でまた観ようとまではあまり思いつかないタイプ。しかもその上、あの父上や兄上がそりゃあもうもう猫っ可愛がりしたもんだから、旅行だお祭りだ運動会だというと、彼らがカメラを持つのが当たり前という環境にずっといて、写真やビデオ映像を収録するのは“人任せ”だったせいもあろう。年齢が上がれば今度は、人懐っこくて明るいルフィの周囲には始終お友達が寄ったから、やっぱり自分では写真を撮る必要なんてないままに…この年齢まで来ていた、変わり種っちゃあこれ以上はない“変わり種くん”だったりし、
「そいでさ?」
 それでと奮起し、携帯電話のレンズをゾロへと向けたれば。何やってんだ? 飯だぞ座れ、そろそろ風呂に入って来な、ほら頭をちゃんと拭わんか。気持ちのいい手で直に構って下さるのが、やっぱ優先されるから。写真なんぞ撮ってる場合じゃなくなっちゃって。気がつけば、携帯おっ放り出してじゃらされてる日々だったりするらしく………。
「それは…。」
 このところというのを振り返り見たれば、全くもって確かにその通りでございますと。何とも繕いようのない“事実”を前に、全面降伏するしかないゾロだったりし。物の言いようというもの、あまりにも知らない我が身が何とも歯痒い。こんな時、あの…口から生まれた女たらしだったら、一体何て言ってやるのだろうかと、ついつい思う。お前を撮らなくてどうするかと誰だって思うほど可愛いからだ、とか。自分の記憶に焼きつけておくだけでは飽き足らないくらいに、お前の存在をこそ残したいと思うあまりに、とか。奥歯が浮くくらいじゃ収まらない、そのまま顎まで外れんじゃないかってほど甘い甘い物言いを、無尽蔵に繰り出せるテクが、今日だけは羨ましいと切実に思ったゾロだったものの、

  「あのな? ルフィ。」

 こんなの我儘だって判ってるけど、口惜しいのもホントの気持ち。侭ならない想いをずっと持て余してたのに、少なくともゾロ本人には気づかせまいと、彼なりに頑張ってた可愛らしい子。懐の中、易々とおさまる小さな坊やが、精一杯にそそいでくれる愛情が、本当に嬉しくて…切なくて。

   ………なあ。本当に至らない奴だけどもこれでも俺は。
       此処に居るからには、大好きなお前を守りたいんだってばよ。

 自分の想いは自分の言葉で。どんなに拙くてもそれが一番の“ホント”だからね? だから…柄にないこと、でも、胸を張って囁いた。

  「写真だのビデオだので誰かを撮るってことはだな。
   その被写体から、ある程度は離れなきゃいけないってことなんだぜ?」
  「うん。」
  「声さえ届かねぇほど遠くから、
   俺にさえ知られないでこっそり撮った写真なんかに、
   何でまた腹立ててんだ、お前。」
  「………。」
  「そんなくらいで、俺が減っちまう…とか、思ってるんじゃあるまいな?」

 ちょいとほど、抱えてた小さな身をゆさりと揺すってやれば、大好きな破邪殿の胸元からお顔を上げた坊や。下唇をむいと突き出して、不貞腐れておりますのお顔を見せる。
「こうまで近いと、ピントは合わせにくいよな。」
「………うん。」
「離れるか?」
「やだっ!////////
 ゾロのお馬鹿っ! 普段は鈍感馬鹿なのに、何でこういう時だけ、サンジみたいな気障馬鹿になんだよっ! …いろんな方面へ角が立ちそうな言いようをしながら
(まったくだ)、真っ赤に熟れたお顔を再び伏せて、そのまま接着されたいかのよに、ぎゅううぅっと力いっぱいにしがみつく。


  ――― こらこら痛てぇよ。離しな。
       嘘ばっかり。こんくらい平気だろ?
       嘘じゃねぇって。ルフィが見えねぇから、ここんとこが痛い。
       …っ!//////// ぞろのバカやろっっ!!


 そこへ伏せられた誰かさんの丸ぁるい頭が浮き上がるように。頼もしい胸板に力を入れれば、ぐいっと嵩が膨らんで、ルフィの頭が少しばかり持ち上がる。そんな動作に合わせて“此処が痛いんだよ”なんて言うもんだから、真っ赤になったルフィが暴れること暴れることvv こりゃ当分は厳しい残暑も続きそうで、夜空に浮かんだ丸ぁるい月まで、クスクスと苦笑をしていたそうですよ。





  〜Fine〜  05.9.09.〜9.13.


  *カウンター隠れゴロ番 188,188hit リクエスト
    いちもんじ様 『なんだか積極的なルフィvv


  *なんだか積極的………。///////
   余計な深読みをしかかった筆者だったというのは ここだけの内緒です。
   そしてそして、書き上がってみれば、
   何に“積極的”だったかが曖昧なお話になってしまいました。
   ………ダメじゃん、自分。
(泣)
   この“天上の海〜”シリーズに、
   すっかりハマってますと仰有って下さった いちもんじ様。
   ナミさんBD、いつまでも手古摺っていてごめんなさい。///////
   そしてそして、今回のお題、
   何だか妙なお話になってしまってすいません〜〜〜。

ご感想などはこちらへvv**

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